札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)434号 判決
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【判旨】
三次に、本件契約は錯誤により無効である旨の控訴人の主張について検討する。
1 <証拠>によれば、被控訴人は、博多新幹線工事の下請工事をした際、被控訴人の下請業者に融資した約金二億円が焦げつき、更に株式会社日創および日拓発注の各土地造成工事の代金回収が不能に陥り、昭和四九年六月ころには約三億円の資金不足を招きかつ約一二億円という多額の工事契約高のある得意先の東洋観光株式会社(以下東洋観光という)が昭和四九年一一月三〇日第一回の手形不渡を出し結果的に約一〇億円の資金不足を来し、更にその他金融引きしめ、大手建設業者からの支払遅延等により財政が圧迫されて倒産状態に陥り、同年一二月一一日、東京地方裁判所に会社更生手続開始の申立をしたところ、同裁判所は同月一三日に弁護士平本祐二(現在被控訴人の訴訟代理人)を保全管財人に選任し、同月一四日にその旨の登記がなされた、そして本件三通の手形はいずれもその満期に決済されなかつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。
2 控訴人が、被控訴人との間で本件売買契約を締結したのは、前記のとおり、鈴木が本件三通の手形の支払について念を押したところ、被控訴人の札幌支店長(支配人)である土方及び日拓と後藤産業こと後藤博の代理人である大和田弁護士から被控訴人の経営状態は良好で売買代金の支払は確実になされるし、かりにその支払がなされないときは本件土地は返還されると言われ、控訴人はこれを信じて本件売買契約を締結したものである。
ところが、右認定の事実からも窺われるように被控訴人は、本件売買契約が締結された昭和四九年一一月一三日――被控訴人が会社更生手続の申立をした同年一二月一一日より一月未満である――当時、本件三通の手形金の支払については、その満期に支払できる状態にはなかつたのであり、またその意思もなかつたであろうことは容易に推認することができるのであつて、したがつて、かりに控訴人が本件売買契約締結時において右事実を知つていたならば、本件土地売渡しの意思表示はしなかつたであろうことも容易に推認することができる。そして控訴人の本件土地売渡しの意思表示は、売買代金の支払を受けられるものとしてこれを前記問合せにより信じたうえでしたものであることは明らかであり右売買代金四〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円については支払われなかつたのであるから、右意思表示には錯誤があつたものということができるが、そうはいつてもそれは代金の支払を受けられるといの動機の点についての錯誤があつたにとどまり本件売買契約自体いまだ要素に錯誤があつたものとまで断定できず、したがつて、錯誤によつて無効であるとまではいえないものである。
四次に本件売買契約の詐欺により取り消された旨の控訴人の主張について検討する。
(一) 被控訴人は、右主張が時機におくれた攻撃防禦方法の提出であるから却下されるべきであると主張するが、右詐欺の主張はすでに提出されている錯誤に基づく無効の攻撃防禦方法と密接に関連しているものであり、詐欺の主張を許したからといつて、とくに訴訟の完結を遅延せしめるべきものとは認められないから、故意、重過失により時機に遅れて提出したか否かについて判断するまでもなく、右却下の主張は理由がない。
(二) そこで控訴人の主張について検討する。
1 前記三において認定するとおり、控訴人は、本件売買の代金が支払われるものとして売渡しの意思表示をなしたが、それが完済されなかつたというのであつて、右意思表示が錯誤に基づいてなされたものということができるが、問題は、被控訴人が控訴人を欺罔する意思があつたかどうかということである。
2 被控訴人は、昭和四九年六月頃約三億円の、更に同年一一月頃東洋観光との関連で約一〇億円に及ぶ資金不足に苦しみ、結局、同年一二月一一日東京地方裁判所に会社更生手続の申立に及んだことは、前記認定のとおりである。そして、<証拠>を併せ考えれば、被控訴人においては当時会社でいう地方分権制により支店長権限で多額の契約が締結されていたものであり、とくに、被控訴人倒産の直接の引き金となつた東洋観光更に日拓、日創開発、日創建設工業などの関連の土木、建設工事等には多額の資金の支出を伴い当面それについて早急な資金回収が予想され得なかつたもので、とくに東洋観光の信用力は薄弱であつたものであるところ、これらはいずれも札幌支店の所管のものであるから支店長たる土方利彦はむしろこれらの諸事情を十分知悉しすぎるくらい知悉していたものと推認される。
3 そして支店長土方は支配人であるとともに取締役でもあつたのだから、かりにも取締役である以上特段の事情の窺われない本件では被控訴人の全般的な資金の窮迫状態――被控訴人は高利金融機関である東京アイチから一億円以上借りている――相当程度これを知つていたものと推認され(被控訴人の会社更生申立時の融通手形約四億円のうち一億五〇〇〇万円が札幌支店関係であり他に問題の多い操作的な札幌本支店勘定が一億四七〇〇万円もあり、札幌支店関係での資金繰りも極めて悪化していることは明らかである)、被控訴人の事業が行詰まるべきことは明白であつたものであり、その結果被控訴人は昭和四九年一二月一〇日には弁護士に対し会社更生手続開始のための事件委任状を作成交付したものである(裁判所に対する会社更生申立は同年一二月一一日であるが、受任した弁護士による申立書記載の事実の確認、証拠書類の検討、添付書類の作成などからみて被控訴人から弁護士に対する受任準備、意向打診は相当前少なくとも一週間おそらく一〇日位の期間は必要であろう)。
4 しかも企業の資金が一月未満――前記準備期間を入れれば二〇日末満――の短期間に極端に悪化することは通常あり得ないことであり、したがつて、昭和五〇年一一月一三日の本件土地の売買契約時において被控訴人(代表者はもちろん支店長兼取締役である土方利彦)もこの間の事情を知りながらあえて本件手形三通合計金三〇〇〇万円を満期に支払えないことになることを十分知りながらなおかつこれを振り出し交付したものと推認するのが相当であり、この推認を覆えすに足りる事情は本件証拠上窺えないのである(右認定に反する証人土方利彦の証言、とくに取締役として同年一二月一〇日に会社更生の申立をなすべきことをはじめて知つたという部分は信用しがたい)。
そして、このことは前記認定のとおり、本件売買成立時に被控訴人支店長土方が控訴人の尋問に対し前記認定のように、ことさら本件各手形の支払について心配をしない旨の言明をしたことも右認定を支えるものといえる(けだし被控訴人の資金状況を知悉していた土方にとつてはとてもこのような言明を述べれるような状態ではなかつたことも知つていたはずである。もちろん、土方としても被控訴人は支払えないとはあからさまにはいえない立場ではあろうが、他の対応の仕方もあつたであろう)。
5 以上論述したところによれば、被控訴人(代理人土方)は、本件三通の手形について、被控訴人の当時の窮迫した状況からみて支払うことができないことを十分知りながら、あえて支払が可能である旨言明して虚言を吐き、控訴人を欺罔して控訴人をしてその旨信じさせて、控訴人をして本件土地の売買契約を締結させ、かつ本件三通の手形等の交付を受けさせたものであるから控訴人は民法九六条によりこれを取り消すことができるものである。したがつて、控訴人が当審第九回口頭弁論期日において本件土地の売買契約を詐欺を理由に取り消したのは有効であり、この点の主張は理由があるというべきである。
(奈良次郎 藤井一男 喜如嘉貢)